* よみがえりの地、世界遺産・熊野とは

熊野の場所は日本最南端の紀伊半島に位置し、和歌山県、奈良県、三重県にわたる広範囲に聖地があります。

 

平安時代、 京都から歴代の天皇が遠路はるばる熊野参詣を目指し、「熊野御幸」が盛んとなりました。後に、庶民の間にも信仰が広まり、「蟻の熊野詣」と表現されるほど、熱心に参拝する人々で賑わいました。

 

昔から、熊野には「黄泉の国」の入り口があるとされ、また熊野灘の果ては「観音浄土」に通じていると信じられてきました。 熊野に参るということは、一度、黄泉の国にふれ、また生まれ変わって現世へ戻っていくという、よみがえりの意味があるのです。

 

日本最大の聖地・熊野・・・黄泉の国 = よみがえりの地

熊野は、黄泉の国とつながりの深い、心・身体・魂を癒す よみがえりの地です。

 

古来から、山々に囲まれた紀伊半島の豊かな自然にある熊野へは、峰や尾根を越えていかなければならない秘境の地でした。熊野の「くま」は、「神」や、「隅(すみ)」を意味する等の諸説があり、「神のおわす奥まった地」という意味があります。

 

鬱蒼とした森があり、自然信仰の根深い熊野は、死後の世界と通じていると信じられ、熊野詣に行けば、先祖に出会える、これまでの穢れをそぎ落として生まれ変わる地として、多くの人々が訪れています。

 

また、日本書記には、イザナミノミコトが葬られた地は、三重県熊野市有馬町の花の巌(はなのいわや)神社であると記されています。熊野は、夫・イザナギノミコトが、妻・イザナミノミコトを偲んで黄泉の国まで行った、黄泉の入り口があるとされています。花の巌神社に眠る、イザナミノミコトは、日本の大地母神であり、人間の寿命を司る黄泉津大神です。

 

黄泉の国とつながる地で、あなたが背負う不要なものを手放してください。きっと、生まれ変わり、新たなスタートがやってくるでしょう。

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日本書紀   

 

「伊奘冉尊、火産霊を生む時に、子ために為に焦かれて、神退りましぬ。亦は云はく、神避るといふ。其の神退りまさむとする時に、則ち水神罔象女、及び土神埴山姫を生み、又天吉葛を生みたまふ。天吉葛、此をば阿摩能与佐図羅と云ふ。一に云はく、与曽豆羅といふ。

 

伊奘冉尊、火神軻遇突智を生まむとする時に、悶熱ひ懊悩む。因りて吐す。此神と化為る。名を金山彦と曰す。次に小便まる。神と化為る。名を罔象女と曰す。次に大便まる。神と化為る。名を埴山媛と曰す。


伊奘冉尊、火神を生む時に、灼かれて神退去りましぬ。故、紀伊国の熊野の有馬村に葬りまつる。土俗、此の神の魂を祭るには、花の時には亦花を以て祭る。又鼓吹幡旗を用て、歌ひ舞ひて祭る」

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熊野の神々のルーツ

代表的な 熊野新宮大社、熊野那智大社、熊野本宮大社を総称して、熊野三山(くまのさんざん)と呼びます。よく知られている 熊野古道 とは、この熊野三山へ至る祈りの道として、古来より参詣者が歩いた道で、近隣の県より熊野へ通じる多くの古道があります。

 

熊野三山の祭祀である神々を熊野権現(くまのごんげん)と呼びます。熊野権現は、はるか昔、唐の天台山から飛来し、九州・英彦山 → 伊予・石鎚山 → 淡路・遊鶴羽岳 → 紀伊・切部山を経て、ここ熊野へ降臨されました。

 

熊野の神のルートは、まず新宮の神倉山に降り立ち → 阿須賀神社 → 貴祢谷社を経て、ついに熊野新宮大社、熊野本宮大社に鎮座されました。 

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熊野権現(熊野大神)は初め神倉山(神倉神社)に降臨し、次に阿須賀の森(阿須賀神社)に遷り、 熊野権現のうち家津美御子はさらに貴袮谷〔きねがたに〕(貴袮谷社・烏止野神社)に遷ったが、結(伊邪那美)・速玉(伊邪那岐)の二神はそのまま阿須賀の森(阿須賀神社)に留まった。


第十代崇神天皇(紀元前97年2月17日~紀元前29年1月9日)の御代に家津美御子はさらに熊野川上流の音無の里(熊野本宮大社)に遷り、結(伊邪那美)・速玉(伊邪那岐)の二神は第十二代景行天皇の御代に今の新宮(熊野速玉大社)に遷座した。

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熊野の主な歴史

時代 年代 熊 野

有史以前.AD

新宮市のゴトビキ岩、那智大滝等へ、自然崇拝が発生する

弥生―古墳時代

古代の神話に「熊野」が登場する

538年 日本へ仏教伝来
平安時代 「熊野夫須美神」と「熊野速玉神」に封戸が与えられる
907年 京の都より、宇多法皇の「熊野御幸」が行われる
平安時代 新宮・那智・本宮の熊野三神が合祀され、「熊野三山」となる
平安時代

「熊野三所権現」と諸神を加えた「熊野十二所権現」は、

日本第一の霊場として信仰を集める

1052年 白河上皇が熊野に参詣、貴族たちの「熊野御幸」が盛んとなる
鎌倉時代 熊野三山に、経塚が数多く造営される
1161年

西国観音霊場三十三所巡礼が始まる。那智の青岸渡寺が第1札所となる

室町―

安土桃山時代

一般庶民の霊場信仰が盛んになる。

たくさんの参拝者が訪れ、その姿が「蟻の熊野詣」と呼ばれた。

明治・1868年

明治維新・神仏分離令

1889年

熊野川の洪水のため、大斉原にあった「熊野本宮大社」が大破。

後に、現在の場所へ遷座される

1989年

日本の秘境100選に 「熊野古道」「古座川」が選ばれる

平成・2004年 ユネスコ「紀伊山地の霊場と参詣道」世界遺産登録!
2011年5月

『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』にて、

熊野古道(熊野三山、那智の滝、熊野本宮大社)が三ツ星を獲得。

 

 

【ミシュラン 三つ星】

 

2011年 5月、

『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』にて、

熊野三山、那智の滝、熊野本宮大社、熊野古道が、

「わざわざ旅行する価値がある(★★★)」を意味する

三つ星を獲得しました!

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